水戸藩城下町下町の白銀町・青物町・塩町・銭谷前・材木町を散策 栗田寛像、笠原水道、銭谷稲生神社(鋳錢場跡)

2026-08-22

観光、歴史、城下町

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水戸藩城下町下町は水戸藩初代藩主徳川
頼房公が低湿地帯を埋め立て新しい城下
町で現在の本町が江戸街道の最初の宿場
町で現在の城東町が武家屋敷町で今回の
散策した現在の浜田町には職人の町で名
前の由来となっています。
白銀町には金銀細工師が居住していたの
が名前の由来です。



水戸出身の学者の栗田寛像。
商人出身で茨城の学問の父と呼ばれた
教育者です。



青物町は青果職人・商人が居住してい
たのが名前の由来です。




塩町は塩職人・問屋が居住していたのが
名前の由来です。



笠原水道は水戸藩主徳川光圀公が創建し
て水戸藩城下町下町は低湿地帯を埋め立
てたので井戸での飲用水には適していな
かったので笠原水源から上水道の笠原水
道を造って飲料用水を確保しました。



銭谷前は寛永通宝(水戸錢)の鋳造場が
あったのが名前の由来です。





中国から永楽通宝を輸入していたが減少
して江戸幕府から許可を得た水戸豪商が
寛永通宝(水戸錢)を鋳造していたが、
明治に廃止されて跡地には錢谷稲生神社
が創建されて保食命が祀られています。



材木町は材木職人・問屋が居住していた
のが名前の由来です。



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